ヴェトナム ストリートチルドレンの自立支援(麻衣子プロジェクト)

本当の支援とは(貧困下で生きる人々による風呂敷プロジェクト)

はじめまして、竹中麻衣子です。
私の卓話に耳を傾けてくださることに心より感謝をし、同時に私の話が皆様の今後の考え方、生き方に善い影響を与えることが出来ることを願います。

現在、私は27歳です。振り返ってみるとさまざまな出来事がありました。
保育所、小、中学校ではひどいいじめに合った経験もあります。
それでも、小学校高学年で抱いた"国際的な職に付きたい"という夢、高校で抱いた"戦争孤児やエイズ孤児で生きる子供たちの心情を知りたい"という想いを決して諦めませんでした。

私は19歳の時に発展途上国といわれている国、ベトナムに足を踏み入れて以来、切っても切れない繋がりが現地の人々と生まれました。活動当初は生活に何不自由の無い日本やアメリカでしか暮らしたことが無かった私にとって、現地で自分の役割を探すことに必死でした。

私は"ボランティアをしたい"が為に現地に足を運んだ訳では無く、何よりも現地のストリートチルドレンと呼ばれている子供達の現状を知りたかったのです。その為には彼らと、ベトナム人のスタッフと一緒に多くの時間を過ごしました。他の外国人ボランティアは、英語や絵を教えたらそれで帰っていましたが、私は一緒に彼らが作ったお昼ご飯や夕食を食べたり、お昼寝をしたり、サッカーをしに行ったり、イベントに参加したり、何日も掛けて田舎に帰るところまでついて行ったり、時には路上に出て路上での生活・児童労働の現場を調査しに行きました。現地の友人について行って、ベトナム人でも足を踏み入れないような子供たちが公安に逮捕されている危険な場所にまで、ヘルメットをかぶって、マスクをしてベトナム人の振りをして子供たちに逢いに行ったこともありました。

どんなところにでも、体は疲れきっていても必死になって子供たちに逢いに行きはしたものの、胸が張り裂けそうになって、帰り道で泣き出したことは何度もありました。それは、孤独で悲しそうな彼らを前にしても、極貧下で暮らす彼らを前にしても、何もしてあげられない自分の無力さに心が張り裂けそうに痛んだのです。現実を知れば知るほど、世の中の不平等さに悲しみや怒りを覚えたことは、この私の人生の中で一生忘れることは無いでしょう。

私もまだ子供であった時期、同じ地球上に同じ子供達が戦争やエイズが原因で苛酷な生活を強いられている事を知り、努力しなくても当たり前のように教育、着る物、食べ物、両親、帰る家が与えられている自分自身に疑問を抱きました。
「私ならば生きていられるのだろうか?死にたい、死にたいと想うのではないだろうか?毎日どんなことを心に想い生きているのだろうか?」その答えを、「現地で、自分自身で子供達と面と向かって子どもたちの口から真実の声を聴きたい。」そう想い続け、始めた活動は誰しもが出来ることではありません。日本で私の両親が、余裕を持って私を育ててくれなければ、日本だけではなく世界中で困っている人々にまで目を向けることは出来なかったはずです。「おじいちゃん、おばあちゃんありがとう。お父さん、お母さん私を生んでくれてありがとう。そして世界のみんなが幸せでありますように。」と日々心からお祈りをしています。

活動を始めて10年目。壁にぶち当たり、自分の心の中で葛藤し、頭の中ではさまざまなことを考えてばかりです。組織に属していないので、金銭面での困難、命の危険性ははるかに高く、自分で責任を持って気を付けてはいますが、「死ぬかも!?」という感情に駆られたことは何度かあります。しかし、そのような状況でも、自分でそれを乗り越えるしか無く、今まではそれを乗り越えてきました。銃を突きつけられたときも、バイクとぶつかった時も、原因不明の病気になった時も、デング熱にかかったときも、犬に噛まれた時も、先ずは自分を落ち着かせ、意識をしっかりと持ってその場で起こっている現実を受け止め、保険会社に電話、病院で治療、でも一人ではどうすることも出来ないときは現地の仲間に助けを求め、ありがたいことに周りの仲間が助けの手を差し伸べてくれました。

さまざまな実体験を通じて、安易な意味では無く本当に"いつまで生きられるか解らない"と実感しています。一日一日を大切に、一生懸命生きなければいけません。笑って、よく「まだまだ若いからこれからよ。大丈夫、大丈夫。」と言われます。しかし、若いから何十年も生きられるとの保障はどこにも無いのです。

体験してきたことは全て意味があったことだと受け止めています。逮捕をされた時は「ストリートチルドレンと関わってきたけれど、今までは彼らの本当の気持ちが解っていなかった。これはきっとこの活動をするならば、わからなければいけない体験だったんだ!これで、胸を張って彼らに『私も逮捕されたことがあるからあなたのその気持ちが解るよ!』と言える」と本気で想いました。また、病院で何日も入院したときも、「入院をすると、こういう気持ちになるんだな。」と多くの人々の気持ちが解るようになりました。

世界人口約70億の中で私「竹中麻衣子」にだけ与えられている使命には、深い意味があると受け止めています。私の感性だから、気付くことがあることはありがたいことです。
ベトナムを旅行していた夫婦は私から真実の話を聴くまで、ストリートチルドレンや売春婦たちの存在にさえ気が付かなかったそうです。ベトナムの薬物やHIV/AIDS問題は蔓延していますが、自分には関係ないと無意識に生きている人々がたくさんいます。
世界一幸せと言われているブータンでも、虐待やレイプで苦しんでいる女性や子供たちもいるのです。ケニアでは、貧困のせいで親が子供を殺し、子供の臓器を売って生活費を稼いでいます。日本では虐待や育児放棄で心も体もぼろぼろになって生きている子供たち、自ら命を経つ人が日々100人を超え、年間4万人近くいるのです。

私は今まで色々な場所に足を運びましたが、どこにいてもなぜだか自然とその地域で困っている人々のことが気になります。その人々の現実を知れば、同じ地球上で起こっている真実を出来るだけ多くの人々に知ってもらいたい!そして、困っている人がいるのであれば、何か少しでもその現実を善く出来る方法を見つけるよう努めています。
その現場で生きる人々にとっても"自立"出来るようにすることが大切なので、支援の方法としては「してあげる」ことよりも、「彼らが自分で生きていけるように」日々、知恵を絞っています。今までの実体験と学びを生かして、今現在は風呂敷プロジェクトを進めています。

新聞やテレビなどで私の活動を取り上げてくださるようになってから、興味を持って連絡してきてくださる方々が増えました。その中で、多くの方には「組織化しなよ。そのほうが楽やし、支援金も下りやすいし。」と言われるのですが、ある方が「竹中麻衣子だから善いんだよ。国連やUNESCOだったら竹中麻衣子の活動は生きてこない。だから大変だろうけど、そのままで頑張って欲しい。」と言って下さいました。
その時、はっ!とさせられ、とても嬉しく感じたと同時に大きな自信と活動を続ける勇気をもらいました。

これからも、命ある限り色々な場面で助けを必要としている仲間のことを知るだろうと想います。苦しみや悩みを抱えても、決して希望の光を絶やさず、私だから出来る、私だけが持っている感覚を大切にし、それを存分に生かして、これからも一歩一歩カタツムリの速度で前に歩んでいこうと想います。

和歌山、日本、そして世界が平和でありますようにと心からお祈りいたします。
2010年5月25日
竹中 麻衣子
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