ヴィパッサナーは、インドにおけるもっとも古い瞑想法の一つです。ながく人々から忘れられていましたが、2500年前にゴータマ・シッダルタ(仏陀)によって確立され、現在に伝えられています。
一般に仏教においては、こころを鎮める「サマタ瞑想」と、物事をあるがままに観察する「ヴィパッサナー瞑想」とが双修されてきました。
「ヴィパッサナー(物事をあるがままに見る、の意)」は、自分を見つめることによる自己浄化の方法です。
瞑想は、まず精神を集中するために自然な息を観察することから始めます。意識を鋭く研ぎ澄ませ、つぎに心と体に起こっている変化を観察していきます。
この自己観察をとおして、無常・無我という真理を体感することが自己浄化につながります。
ヴィパッサナーは、妄想の世界に耽って現実逃避したり、神秘的な体験や特別な能力を得るためのものではありません。
また、特定の神仏を信ずるという宗教でもなく、イデオロギーや主義でもありません。
あらゆるしがらみや執着から生まれる悩み苦しみを離れ、「今を幸せに生きる」実践法なのです。
精神の安寧、ストレスの軽減、集中力・忍耐力の強化、不眠の改善、身体健全、病気平癒、性格の改善、悪意・反意・憎悪の消滅、不仲の改善、アイデンティティーの確立、コンプレックスの克服、幸福感、満足感、精神・肉体の浄化、などの効果があります。
アジアの国々では、僧侶はもとより、一般の人々も日常的にヴィパッサナーを行い、瞑想から多くの恩恵を享受しています。静慈彰(しずか・じしょう)
高野山真言宗僧侶(権大僧都位)高野山大学密教学修士。